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    ローマ人への手紙16章1〜16節


    16:1 ケンクレヤにある教会の執事で、私たちの姉妹であるフィベを、あなたがたに推薦します。

    16:2 どうぞ、聖徒にふさわしいしかたで、主にあってこの人を歓迎し、あなたがたの助けを必要とすることは、どんなことでも助けてあげてください。この人は、多くの人を助け、また私自身をも助けてくれた人です。

    16:3 キリスト・イエスにあって私の同労者であるプリスカとアクラによろしく伝えてください。

    16:4 この人たちは、自分のいのちの危険を冒して私のいのちを守ってくれたのです。この人たちには、私だけでなく、異邦人のすべての教会も感謝しています。

    16:5 またその家の教会によろしく伝えてください。私の愛するエパネトによろしく。この人はアジヤでキリストを信じた最初の人です。

    16:6 あなたがたのために非常に労苦したマリヤによろしく。

    16:7 私の同国人で私といっしょに投獄されたことのある、アンドロニコとユニアスにもよろしく。この人々は使徒たちの間によく知られている人々で、また私より先にキリストにある者となったのです。

    16:8 主にあって私の愛するアムプリアトによろしく。

    16:9 キリストにあって私たちの同労者であるウルバノと、私の愛するスタキスとによろしく。

    16:10 キリストにあって練達したアペレによろしく。アリストブロの家の人たちによろしく。

    16:11 私の同国人ヘロデオンによろしく。ナルキソの家の主にある人たちによろしく。

    16:12 主にあって労している、ツルパナとツルポサによろしく。主にあって非常に労苦した愛するペルシスによろしく。

    16:13 主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。

    16:14 アスンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマスおよびその人たちといっしょにいる兄弟たちによろしく。

    16:15 フィロロゴとユリヤ、ネレオとその姉妹、オルンパおよびその人たちといっしょにいるすべての聖徒たちによろしく。

    16:16 あなたがたは聖なる口づけをもって互いのあいさつをかわしなさい。キリストの教会はみな、あなたがたによろしくと言っています。

    2002.08.04. 三鷹福音教会 ラルフ A. スミス牧師 講解説教
    三鷹福音教会の聖日礼拝メッセージおよび週報をもとに編集したものを掲載してあります。


    挨 拶

    16章1〜16節

       ローマ人への手紙の16章は、ローマの教会に対するパウロの最後の挨拶である。挨拶なので、読者たちはさっと読んでしまって、あまり内容について考えたりしない傾向が強いが、実は、この中には昔の教会の運営の仕方等についての具体的な事柄が秘められていて非常に興味深いところになっている。細かい事について全部見る時間はないが、この1節から16節までの最初の段落において、パウロはいろいろな聖徒たちに挨拶をおくっている。その中での幾つかを今日いっしょに観察したいと思う。順番を追って見ることはしないので、どうかそのつもりで聞いてほしい。

       挨拶の中で何度も何度もパウロは「一緒に働く者」とか「私の同労者」というような表現を使っている。ローマの教会は、パウロやペテロたちだけが熱心に福音の働きをしていて、他の人たちはただ日曜日に教会に礼拝に来るだけで、他には神のために何も特別にしてはいないような教会ではない。ここにあるリストを見ればそのことは一目瞭然である。

       リストの全部の人について細かく観察することはできないが、1〜2節にはフィベのことが述べられている。6節では、非常に労苦したマリアについて話している。7節にはまた別の夫婦、アンドロニコとユニアスのことがある。9節のウルバノは「キリストにある私たちの同労者」と呼ばれている。12節のツルパナとツルポサの二人も、主にあって労している者である。ペルシスも、主にあって非常に労苦した愛すべき聖徒である。そのように、繰り返し強調されている言い方は、「同労者」そして「一緒に主にあって労している者」ということであり、一緒に主に仕える者たちなのである。つまり、プリスキラとアクラのような熱心なクリスチャンがたくさんいたのだ。彼らは一緒に主のために働いていた。

       その働きとは、具体的には使徒行伝を読んでもプリスキラとアクラの二人から見てもわかることだが、それはまさしく伝道の働きであり、教会の働きを指している。「御国のために働く」と言うとき、広い意味においては「自分のどんな働きもすべて御国のためだ」という意味なのだ。私たちはすべての仕事において、神にささげる心を持って働くものでなければならない。それにしても、これらの人たちは教会の働きを熱心にしており、とりわけ伝道の働きにおいて熱心であったことが注意深く読めばよくわかると思う。人々を自分たちの家に招いて、まだキリストを知らない人たちに一生懸命福音を伝えていたのである。ただ単にパウロやペテロたちが伝道の働きをしたために、福音がどんどん広まったというような話ではない。「伝道をしていないクリスチャンはほとんどいなかった」というのが実際の状態であった。

       すべての聖徒が福音を伝える心を持っており、熱心に福音の働きに加わっていたので、御言葉は広められたのだ。聖徒たちが皆、他の人に証しする機会をいつも求めて生活している。人がキリストを知り、そして救われるように真剣に祈りながら生活を送っているのだ。それが当時の普通のクリスチャンの姿であった。主にあって非常に労苦したと言われている人たちは、単に普通の伝道者たちのことではなく、自分の生活すべてをかけて福音の働きを助けていた一般の信者たちなのだ。

       プリスカとアクラのように伝道のために仕事の拠点をあちらこちら移動しながら旅をして、福音の働きを助けていた者もいた。パウロの時代でそのような旅をするのはとても大変なことであったのは言うまでもない。危険を冒して旅をし、自分の手で働きながらパウロたちを助けた。そのようなクリスチャンたちの助けによって福音は急速に広まったのである。「働いた」と言われている人たちは、言葉では言い尽くせないほどの働きをした人たちについて述べているのだ。そのような理解をもってこの箇所を読まなければならない。

     

    プリスカとアクラ

    キリスト・イエスにあって私の同労者であるプリスカとアクラによろしく伝えてください。この人たちは、自分のいのちの危険を冒して私のいのちを守ってくれたのです。この人たちには、私だけでなく、異邦人のすべての教会も感謝しています。またその家の教会によろしく伝えてください。

       まず3〜5節に出て来るプリスカとアクラの二人について一緒に見たいと思う。この二人が今ローマにいるというだけでも、極めて興味深いことである。使徒行伝の中にこの二人の名前は何回か出て来ているし、コリント人への手紙の挨拶の中にも出て来るし、テモテへの手紙にも出て来る。この夫婦は、新約聖書の中で何度も出て来る有名な夫婦である。最初にこの二人がパウロに会ったのはコリントの教会であった。アクラはポント生まれのユダヤ人であると、使徒行伝18章2節に書いてあるが、プリスカもおそらくユダヤ人であった。ポントは現在のトルコの北に位置する場所である。

       また、この二人はパウロと同業者で天幕を作る仕事をしていた。それでパウロはこの二人の家に住んで一緒に仕事をしていた(使徒行伝18章3節)。この二人がコリントで救われたということが示唆されていないので、もっと以前から二人ともクリスチャンになっていたと思われる。もしかすると、二人は五旬節の日に回心した人々の中にいたのかも知れない。使徒行伝2章を読むと、ペテロたちが福音を伝えたときに天下のあらゆる国々から敬虔なユダヤ人たちがエルサレムに来ていた、と記されている。それらの都市の名前の中にもポントがある。やはり、過越の祭りのときには、それほど遠方からもユダヤ人たちはエルサレムにやって来て神を礼拝していたのである。もしかすると、この二人は祭りの時に福音を聞いて救われたのかも知れない。

       いずれにせよ、パウロがこの夫婦に出会ったときには、二人とも既にクリスチャンであった。パウロと一緒に天幕作りの仕事をしていたし、パウロがコリントを離れてエペソに行ったときにもこの二人は同行した。そしてエペソの教会に留まってパウロと一緒に福音のために働いていた。パウロがエペソから離れて次の町に行くときに、二人はしばらくエペソに留まった(使徒行伝18章18〜19節)。その二人が、今ローマに戻っているのである。ローマの教会について前に説明したように、紀元48年〜49年の頃に、クラウディウス皇帝がすべてのユダヤ人をローマから追放するように命じたが(使徒行伝18章2節)、その時にこの二人はローマから出てコリントに行ったと思われる。そして、コリントでパウロに会ったのである。

       この二人がどれほど熱心なクリスチャンであったかは新約聖書からよく見ることができる。それは、どこに行っても教会が彼らの家に集まっていたことからも明らかである。エペソの教会もこの二人の家に集まっていたことがコリント人への第一の手紙16章19節に記されているし、ここでもローマにいる二人について語るときに「その家の教会によろしく伝えてください」とパウロは話している(3〜5節)。だから、この二人はしっかりしたクリスチャンであり、聖書に精通していた。使徒行伝18章で、聖書に通じていたアポロがイエスの事について教えていたときに、御言葉の意味について十分にわかっていないところがあったのを見て、アクラとプリスキラはアポロを家に招いて、神の道をもっと正確にアプロに説明したほどに聖書の御言葉をよく知っていたのだ(18章25〜26節)。

       そして、パウロは16章4節で、「二人は自分のいのちの危険を冒してパウロのいのちを守ってくれた」と言っている。福音のためにいのちの危険を冒すほどに神の御国に献身していた。だから、この二人は尊敬されているクリスチャンであり、御言葉をよく理解して人々に御言葉を教えることができる成長したクリスチャンであった。そして、自分の職を持っており、パウロと一緒にあちらこちらに行っても自分の手で働きながら福音に仕えることができた。アクラは自分の家を開放していたし、御言葉をもよく教えていた有名なクリスチャンなので、教会の長老であったかも知れない。特別そう書いてあるわけではないので、そうではないかも知れない。しかし、長老になるのに相応しい成長したクリスチャンであったことは疑い得ない。この二人は、パウロと一緒に、熱心に福音のために働き、いのちをささげても福音の前進のために戦っていた。このようなクリスチャンは、昔の教会の中にはたくさんいたということを、この挨拶の箇所を読めばわかると思う。

     

    フィベ

       この挨拶の中で際立って目立つことは、女性たちの働きである。二十数名の男性の名が出て来ているが、十五人くらいの女性の名も挙げられている。パウロは、これらの人たちのことを「共に働く者、同労者」というふうに呼んでいる。プリスカ(またはプリスキラ)はアクラの妻であるが、ほとんどの場合彼女の名前の方がアクラよりも先に挙げられている。ある人たちは、恐らくプリスカの方が先に救われて夫に福音を伝えたからだろうと推測している。或いは、プリスカの方が夫よりも伝道の働きにおいて卓越していたというような説明もある。しかし、理由はどうあるにせよ、殆どの場合、プリスカの方がアクラよりも先に名前が出て来ているのはとても興味深い事実である。

       女性たちがパウロのために働き、その伝道の働きを助けたという事実がたくさん述べられているが、挨拶の冒頭(1節)にフィベという女性が出て来る。実はこのフィベという女性は、このローマ人への手紙をローマの教会に届ける役目を果たした人なのだ。だから、パウロは1節で、ローマの教会にフィベを推薦しており、2節では、「どうぞ、聖徒にふさわしいしかたで、主にあってこの人を歓迎し、あなたがたの助けを必要とすることは、どんなことでも助けてあげてください」と言うのである。「推薦する」という言葉は、特別な意味で誰かを紹介する言葉であり、パウロは挨拶の冒頭でこの言葉を使ってフィベを紹介している。この女性にパウロはローマ人への手紙を託して、ローマの教会に持って行ってもらったのである。

       彼女についてパウロは、「この人は、多くの人を助け、また私自身をも助けてくれた人です」と紹介している。この人は、ローマ人への手紙を託すという重大な任務を任せることのできる女性であった。恐らくこの女性は、裕福な人で、社会的な地位もあり、商用で大勢のしもべを伴って旅をしたりする身分の人であったろうと推測される。原語を見ると、パウロはここで普通に言う「助ける」という言葉を使わずに、特別な言葉を使っている。意味は「助ける」ということに変わりはないが、かなり強調する言い方になっているのだ。そのことも彼女が裕福で社会的地位がある女性だったことを暗示していると考えられている。経済的にも力があったので、多くの人たちに対して福祉的な助けを与えることができたし、いろいろな意味でパウロたちの働きを助けることができたのではないかと思われる。その助けは極めて特別なものであったので、その彼女の働きをパウロは挨拶において表わしているのではないかと思われる。多くの注解書はそのように考えているし、それはかなり信憑性のある推測だと思う。

       フィベはそのように信頼されて、パウロや他の聖徒たちを積極的に助けた女性である。昔のローマ帝国では、軍隊が帝国の幹線道路を守っていたので、旅することは比較的安全であった。女性でも旅はできたが、それでも旅はあくまでも危険の伴うものであった。特に長旅は女性が単独でするものではなかった。しかし、この女性は裕福であったので、仕事などのために大勢で一緒に旅をしていたので、安全に手紙をローマの教会に届けることができる立場にあったと思われる。そのようにフィベという女性は直接福音の前進のために働いていたし、いろいろな意味でパウロ自身や多くの兄弟たちを助けていた熱心なクリスチャンであった。このような人がもう一人いるが、それも女性である。「女性だから、このような大切な仕事を任せることはできない」という考えは聖書にはないのである。

       フィベはしばしば注解書に出て来るが、それは彼女が「執事」と呼ばれているからである。特に近年、この言葉を役職として見做して、「これは古代教会に女執事という特別な役職が存在したことの証拠である」と主張する注解書や著者が増えている。しかし、それは有り得そうもないことである。1節の日本語訳も「執事」となっている。なぜ「執事」と訳したかというと、ギリシャ語では「ディアコノス」という言葉が使われているからである。「ディアコノス」だから「執事」ではないか、と考えるわけである。英語では"deacon"になっている。パウロは彼の書簡の中でこの言葉を20回使っているが、はっきりと役職を指して"deacon"と訳されている箇所は3箇所しかない。このギリシャ語の通常の意味は、単に「しもべ」でしかなく、特別な根拠がないかぎりは、役職としての「執事」ではなく「しもべ」と訳されるべきである。そして、ここには特別な根拠は何もない。

       更に、"deacon"(執事)とは何かと言えば、人に仕える者のことなのだ。言葉そのものの意味は「人に仕える者」なのである。新約聖書の中でこの言葉が使われているほとんどの箇所には地位を表わすような意味はないのである。ここでこの言葉を特別に地位ある役職を表わす言葉として「執事」と訳す理由があるかというと、そのような理由は何も見出せないのである。通常の意味において「しもべ」と訳すなら、このフィベという女性は、「ケンクレヤの教会のしもべ」なのである。つまり、その教会が彼女に仕事を与え、遣わし、彼女はそれを忠実に果たす者なのである。そういう意味で、彼女は「ケンクレヤにある教会のしもべ」なのである。

       一部の人はこれをある種の特別な権限を示唆すると考えているが、それでも、それは役職を指すとは言えないのである。新約聖書の中で、はっきりと教会での権威ある役職を表わす名を持つ働きは二つしかない。即ち、長老と執事である。そしてパウロは、テモテへの第一の手紙3章の中で、執事について話すときも、長老について話すときも、「ひとりの妻の夫である」という条件を付しているので、この二つの役職は男性に限定されなければならないことは明白である。また同じテモテへの第一の手紙の2章でパウロは、教会の役職について教えるときに、非常に明確に次ぎのように命じている。11節と12節を見てほしい。

    女は、静かにして、よく従う心をもって教えを受けなさい。私は、女が教えたり男を支配したりすることを許しません。ただ、静かにしていなさい。

       どういう話なのかというと、これは「毎日24時間を週に七日間そうしていなさい」という話ではない。「女性はクリスチャンになってから死ぬ日まで話をしないで黙っていなさい」というような話でもない。パウロがここで話していることは、教会の中で地位をもって教えるか否かという話をしているのである。「女が男を支配したりすることを許しません」と言っているのも、教会の中での話なのだ。教会の外には、女王もいれば、女社長になる人もいる。プリスカにもフィベにも、恐らくしもべはいたはずだ。女主人に対しては、しもべが男性であっても女性であっても、命令されたらその女主人に従わなければならない。だから、これはビジネスの話でもなければ、政治の話でもない。また文化的な理由から言っているのでもない。これは純粋に教会内のことなのである。女性の頭が良いか悪いか、能力があるか否かを理由にしてはならない。女性は、他の地位やビジネス、政治や教育の場にあってリーダーになることは少しも問題ではないが、教会の中で権威を持つことは許されていない。パウロはこの点については疑うことが出来ないほど明確に教えている。

       その説明としてパウロはアダムとエバの話を出している(テモテへの第一の手紙2章13〜14節)。「アダムが初めに造られ、次にエバが造られたから」というのが理由なのである。男性がリーダーであることは創造の秩序において定められており、それは更に結婚関係の象徴をも指している。アダムはリーダーとなるべく最初に創造され、彼は妻のエバにとっては神の代表であった。そしてエバは神の民の象徴である。この秩序は重大であって、壊してはならないものである。アダムとエバは夫婦である。なぜここで夫婦の話と教会の権威の話を一緒にして話すのか。

       パウロは、何を言おうとしているのだろうか。その答えは明白である。エペソ人への手紙5章22節以降で説明されているように、教会全体はキリストの花嫁である。主イエス・キリストが夫で教会はその妻である。長老たちと執事たちは、キリストの代表として立ち、キリストの代表として妻である教会に対して働く者なので、明らかに夫の代表は男でなければならない。主イエス・キリストは長老たちと執事たちを通して教会において御自分の権威を行使される。彼らは神の役職であり、夫の代表だから男性でなければならないのだ。それがパウロのポイントではないかと思う。夫婦であること、そして夫婦の関係の象徴において、長老と執事は男でなければならない。それ故、初代教会での二つの役職、すなわち長老と執事は男性に限定されている。

       私たちは、聖書の象徴を見るとき、そこに最も深くて根本的な意味があることを覚えなければならない。そのことを覚えて、この箇所の意味を考えなければならないと思う。現代の考え方によれば、象徴に意味があるとすれば、それは人間の創出に過ぎず、人間の感覚をもって裸な自然に付け加えた見方に過ぎない。「山にはこの意味があり、水にはあの意味がある。海の意味はあれこれだ」と言うわけである。「星や月や太陽にはこのような意味がある」と言うとき、「それはただ人間がその存在に意味を付加したに過ぎないのだ」と、考えるのである。聖書の創造の教えはそのような現代的な見方とはまるで違うものである。まず最初に象徴的な意味があって、その象徴的な意味を成就するようにと、神は言葉をもって万物を創造されたのである。

       なぜ太陽はそのような色なのかというと、神の栄光を表わすように作られた物体だからである。メサイアの象徴となり、聖さの象徴となるように、太陽を創造し、その軌道を定めたのである。そういう意味で、象徴的な意味というものは、神の御計画の中にまずあったものであり、それから現実が与えられた。宇宙万物はそのようなものであり、神がすべてを御言葉をもって創造してくださったのだ。そのことを信じるなら、象徴と現実の関係は基本的にこの世の思考とは違うということは、皆さんも知っているとおりである。この箇所でも、まず象徴的な意味が前提としてあるので、執事また長老という役職は男性でなければならないのである。そういう意味で、日本語聖書のこの節の翻訳は間違っていると言わなければならない。そういうわけで、フィベという女性はケンクレヤにある教会の「しもべ」であって、執事ではない。だから、ここは「ケンクレヤの教会のしもべであり、私たちの姉妹であるフィベ」と訳す方が正しい。

       それにしても、なぜ「執事」と訳されたのかというと、実際に昔の教会では、ローマ帝国の西の方よりも東の方の教会に女執事と呼ばれる女性たちがいたのは事実である。三世紀から四世紀の頃、明らかに東方の教会には女執事が存在した。教会の中で特別な奉仕をする女性たちについては、非常に古い記述が残っており、一部の教会では彼女たちを「女執事」と呼んでいた。その女性たちはどんな働きをしていたのかを見ると、主にやもめを助ける奉仕をしていたのだ。昔のローマ帝国及びその東方の地域では、世話する人のいない年老いたやもめたちが大勢いた。それで、初代教会はやもめの世話を注意深く行なっており、一部の女性たちがその義務を負っていた。彼女たちは若い婦人を指導し、問題を抱えている彼女たちを助けたりしていた。

       東方と西方では伝統の違いがあったが、東方の教会の方が特別なしもべとしての女性という考え方を受け入れていた。ある教会では、よく教えたり指導したりする婦人には特別な地位を与え、場合によって「女執事」と呼ばれたのである。また、結婚していない女性の方が聖いという考え方があったのも事実である。「本当に神を愛しているなら結婚はしない」という考え方が一部の教会の中にあった。それはギリシャ的な思想の影響によって入ってきた考え方だと思われる。それで昔の教会には、神の御国のために働くなら結婚せずにきよい生活を送り、年老いた女性たちの世話をし、若い女性信者に御言葉を教えたり、教会の中のいろいろな細かい奉仕を積極的にする女性たちがいたわけである。そして、時間が経つに連れて、それはローマン・カトリックの修道女制度に発展していった。

       そのような女性たちが皆執事だったわけではないが、そのような女性の働きがあったのは教会史の事実である。そういう歴史の背景からしてこの箇所はやはり「執事」と訳すべきだ、と考える人もいる。確かにフィベは「教会のしもべ」であり、明らかに使徒パウロを補助する任を受けていた。彼女が厳密に何をしたかは不明だが、教会の特別な権威ある職務についていなかったからと言って、彼女の働きが重要でなかったと考えてはならない。そういう意味で彼女には何も特別な地位がなかったわけではない。昔の書物を読むと、「このフィベの場合は、按手礼は受けなかったけれども、執事と同じような働きが与えられていた」と考える人もいる。

       つまり、「女執事」と呼ばれた女性たちは、他の女性や年老いたやもめたちを助けたり世話したりする働きに従事し、御言葉を教えたりもしていたが、教会の中で権威を持って何かをしているわけではなかったのである。正式な権威はないけれども、熱心に福音の働きに参加して教会に仕えていた。そういう意味において「執事」と訳したのかも知れない。その訳は間違っているけれども、女性たちが教会でそのような大切な働きをしていたことは疑うことのできない事実である。パウロはマリヤの働きにも触れているし、たくさんの女性の働き手がここに出て来ている。しかし、例えば、女性が日曜日に説教台に上がって礼拝の説教をしたりはしなかったのである。そのように権威を持って正式な礼拝の場などで御言葉を教えたり教会の立場を宣言したりするようなことはしなかった。

       つまり、公な役職の地位をもって教えはしなかったのである。私たちは、パウロがテトスへの手紙1章6節ではっきり命じていることを思い起こすべきである。そこでも長老の資格については、「ひとりの妻の夫である」ということが条件となっている。長老や執事は「」即ち男性でなければならない。同時に2章3〜5節では、年をとった婦人たちについて次のように教えている。

    神に仕えている者らしく敬虔にふるまい、悪口を言わず、大酒のとりこにならず、良いことを教える者であるように。そうすれば、彼女たちは、若い婦人たちに向かって、夫を愛し、子どもを愛し、慎み深く、貞潔で、家事に励み、優しく、自分の夫に従順であるようにとさとすことができるのです。それは、神のことばがそしられるようなことのないためです。

       当然このような女性たちは、生活の中で御言葉をもって若い婦人たちをよく教える者であったはずだ。先に話したように、プリスカは夫アクラと共にアポロに会ったとき、アポロがイエスの事について教えていたときに十分にわかっていないところがあったのを見て、二人はアポロを家に呼んで御言葉の意味をもっと正確に教えたことが使徒行伝18章に記されている。執事や長老ではなくとも、個人のレベルで、また会話の中で、互いに御言葉をもって熱心に教え合うのである。女性は、教会の代表として権威を持って宣言したり、「こうしなさい」とか「従いなさい」と言って命じたり、正式に説教したりすることはできないが、いつでも交わりの中で自分の考えを自由に御言葉を分かち合うことができるし、若い人たちに御言葉を説明したりすることもできる。御言葉がよくわからない男性がいれば、もっと御言葉をよく知っている女性に尋ねて、その女性がプリスカのように答えて教えることは別に問題はないのである。

       使徒行伝の中で実際にプリスカのような女性たちはそれをしていたのだ。教会の中で権威をもって教えることと、普通に御言葉をもって教え合ったり意見を交わしたりすることとの区別は明確になされなければならない。役職の地位をもって教えるということは、個人的に誰かを教えたり指導したりすることとは同じではない。女性に禁じられているのは、役職に伴った職権を行使して権威的な指導を行なうことである。諸教会における男女は、教理の問題に関して長老たちに従わなければならなかったであろうし、公式の会議においては長老のみが教えていた。

     

    他の人々

       プリスカとアクラもそうであるが、家族や姉妹たちが一緒に御国のために心を注いで働いていたことにも注目すべきである。アンドロニコとユニアスも夫婦であるし、ネレオとその姉妹のこともあるが、彼らは家族として神に仕えているのである。アンドロニコとユニアス夫婦については、パウロと一緒に投獄されたとある。厳密にパウロと同じときに同じ牢獄に入れられたという意味かどうかは断定できない。もしかしたらそうだったのかも知れないし、そうでなかったのかも知れない。「パウロが投獄されたように、彼らも投獄された」ということなのかも知れない。この二人については他に何も記されていないので、詳しいことはわからない。しかし、この二人は主のために投獄されるほどに熱心に主イエス・キリストに仕えていたのは明らかである。

       そして、7節を見れば、この二人はパウロよりも先に救われたクリスチャンであり、使徒たちの間でよく知られていた有名なクリスチャンだということがわかる。新改訳では「使徒たちがこの二人をよく知っている」という意味になるが、パウロはここで「使徒たち」という言葉をもともとの意味で使っていると思われる。即ち「遣わされた者たち」という意味である。遣わされた者たちの中にあって、この二人はよく知られていたということである。この「遣わされた者たち」というのは比較的大きなグループを指しているのだ。この二人もまた伝道のために「遣わされた者たち」の中に数えられており、いわば宣教師の夫婦のようなものであったと考えてよい。パウロよりも先に救われ、その福音宣教の働きをする人々の間でよく知られていた二人であった。その福音の働きのゆえに、二人は投獄される経験もしたのである。そこまでこの二人の働きは妥協のない目覚ましいものであった。

       これを読むとき、何も感じないで読み過ごしてしまうかもしれないが、ここに記されていることは決して生易しいことではない。使徒行伝を読むとき、確かにパウロやペテロが働きの中心となっている。しかし、アンテオケの教会はパウロだけを遣わして宣教の働きをさせたわけではない。同じように、他の教会もいろいろな所に伝道者を送り出していたのだ。遣わされたプリスカとアクラはあちらこちらに行って福音を伝えていたし、アンドロニコとユニアスも同じようにいろいろな所に行って福音を伝えていた。そして、今ローマに戻っている。

       当時の教会の中で有名なクリスチャンであり、熱心で、福音を伝える働きにおいて非常に優れた人たちであるが、新約聖書ではここにしか出て来ていない。他にも、有名でもなく、名前も記されず、それほど特記されてはいなくても、教会から遣わされた人たちはたくさんいた。使徒でなくとも、パウロが旅をして福音を伝えたり教会の働きをしていたのと同じように、他にもたくさんの信徒たちがそうしていたのである。福音に仕える初代教会のクリスチャンたちの熱心さが、このパウロの挨拶を通してよく見ることができると思う。

       この日本で、私たちが本当に残る実を結ぶことのできる働きをするなら、地域教会として、まだキリストを信じていない人たちに対して本当に熱心に福音を伝えるのでなければ、地域教会の働きは実りのあるものにはならないであろう。実を結ぶどころか、もしかすると地域教会の働きとして存続することもないかも知れない。どういうことかは明白だと思う。結局、あなたの職場の人たち、あなたの近所に住んでいる人たち、親戚や友人たちの中には、あなたが福音を伝えなければ聞く機会もないような人はたくさんいるわけである。

       電車に乗っても、あなたの隣に座る人に話しかけることもできるかも知れない。性格によってそれができない人もいるが、実際に電車に乗ってみると、男性たちは皆会社のことを考えてたり、書類を見てたり、ノートを取ったり、同僚と話していたりするので、なかなか彼らに福音を伝える機会がないのは事実である。会社の中でも、仕事以外の時間には、スポーツや趣味の話をしたり、将棋したり飲んだりでもしないと、会って話する機会はなかなか無いのだ。近所に住んでいる人とも、毎日顔を合わせても、挨拶するだけで、なかなか話する機会がないのが実情かも知れない。たとえそうであっても、私たちは祈りをもって常に福音を伝える機会を求めていないならば、福音は広まらないのである。牧師や長老たちがするだけで十分だということは決してないのだ。

       心してよく見てほしい。このパウロの挨拶だけを見ても、この教会にはこんなに大勢の熱心に働く聖徒たちがいるのだ。これほど多くの同労者と呼ばれる働き手がいる。名前は聖書の中に一度だけしか出てこないとしても、ここに名が記された人たちは特に熱心に働いている人たちであり、これ以外にもローマの教会には普通に福音に熱心に仕えている人たちはたくさんいるのである。皆が皆キリストのために投獄されるほどの労苦を伴う働きをしているわけではないが、誰もが熱心であった。福音を伝える責任は教会員一人一人の肩のうえにあったのだ。

       私たち皆が一人一人、福音をこの日本で広めようとする熱心な心をもって毎日の生活を送っているのでなければ、地域教会としてその心は死んでいると言わなければならない。これほど大勢の救われていない人たちに囲まれているのに、自分たちだけが幸いで、自分たちだけが祝福され、自分たちだけが希望を持って生きているなら、私たちは福音の意味を理解してはいないのである。そういう意味で、本当に福音を伝えようとする当時の教会員の熱い心が、この挨拶の中に豊かにあふれているのを見るのである。仕事を換えたりして至る所に出て行っては福音のために心と力を尽くして働いている聖徒がここにたくさん出て来るのである。それはここを読んで目立つことの一つだと思う。

       もう一つのポイントもここで注目しておく必要があると思う。それはここで推薦されている女性たちの数である。いったい女性たちの働き手がこれほど多くいるのはなぜなのだろうか。もう気が付いてくれていると思うが、だいたい人類の五割が女性なのだ。女性に福音を伝えたり、女性に御言葉を教えたりするのに一番良いのは、女性なのである。私が道を歩いている女性をつかまえて一生懸命福音を伝えるのはどうだろうか。それは罪ではないが、その働きは女性がする方がずっと相応しいのである。相手も話やすいし、変な誤解もない。「困ったことがあって、牧師と話したい」と言う女性の場合、まず教会員の女性がその人と話をしている時にそういう気持ちになったというケースがほとんどなのだ。女性たちが女性たちの中で働くのは極めて自然なことなのだ。

       この箇所に出て来る女性たちはよくパウロたちを助けたとあるが、中にはそういう意味も含まれているのではないか。パウロはあちらこちらを旅して福音を伝えていた。彼女たちは、自分たちが福音を伝えているその女性たちをパウロの所に連れてきて、一緒に座って、パウロからもっと深く御言葉を教えてもらったりしたであろう。また、パウロから教えられたことを、その女性たちに伝えたりもしたであろう。女性たちの働きはそういう意味で聖書の中では非常に重んじられている。福音の広まりや福祉の働きにおいて、そのごく初期の頃から、かなりの数の女性たちが働いていたことが知られている。

       これは聖書の教えとイスラム教の大きな違いの一つである。ユダヤ人は主イエス・キリストの行為に驚き、キリストにつまずく人が大勢いた。主イエス・キリストは、公然と女性に話したり、女性を受け入れたりする。周りのパリサイ人たちはその事にもつまずいたのだ。女性たちを大切にし、女性たちも神の御国のために一緒に働くことができるというような教えは、昔の人々にとっては非常に目立つほどに聖書の中に出て来る。それを見るとき、女性についての聖書の考え方と当時のローマ人やギリシャ人たちの考え方には大きな違いがあるのがわかる。イスラエルの方が周りのローマ帝国よりも女性は大切にされていて自由であったけれども、その中にあっても、主イエス・キリストの女性に対する態度と女性を受け入れる心は非常に際立っていた。

       それ故、当時の周りの国々よりも、そして今日でも他の宗教よりも、御言葉はその点においても比較できないほどにはっきりしており、大切な教えとして人類に与えられている。仏教の場合、もともとの教えとしては、女性は仏になることはできないものであった。死んだ後に男性として生まれ変わらなければ、成仏はできないと教えられていた。女性は汚れているからである。細かい違いはあっても、昔の普通の宗教のほとんどがそのように教えていた。聖書の中にはそのような考えは全くない。教会の中における権威の制度が明確に定められているからと言って、女性を見下したり、女性の方が劣っているかのような考え方はないのである。また、女性を大切にしているからと言って、女性も牧師や長老にならなければいけないということもない。

       夫婦の関係もはっきりしている。家の中では夫がリーダーであり、妻は夫に従わなければならない。しかしそれは、すべての女性がすべての男性に従わなければならないという話ではない。会社の社長が女性であれば、その会社の男性たちは当然その女社長に従わなければならないのだ。それは聖書の教えと何ら矛盾するものではない。パウロと一緒に働いている人たちの中にはこんなに多くの女性がいたのだ。その中で、フィベに与えられた働きは極めて大切なものであった。プリスカがいつもアクラより先に出て来ていることも注目に値する。このように、聖書が女性の働きをとても大切にしているということが、この挨拶から知ることができると思う。

       昔の教会の挨拶からその具体的な姿を見るとき、他にも細かいところがたくさん出て来る。ここに幾つの地域教会が出て来たか、気が付いただろうか。三つの地域教会がこの挨拶の中に出て来ている。5節に、プリスカとアクラの家の教会がある。14節に、「アスンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマスおよびその人たちといっしょにいる兄弟たちによろしく」とあり、15節にも「その人たちといっしょにいるすべての聖徒たち」という言い方が出てくるが、その二つ場所も地域教会として考えられている。それ故、ここには少なくとも三つの地域教会が出て来ている。その三つの教会とも、家の教会であったと思われる。これはこの挨拶で注目すべきもう一つのポイントである。教会の集まりのために人々は家を開放しなければならなかったが、彼らは喜んでそれをしたのである。これは初代教会において広く行き渡った献身のもう一つのしるしであった。

       ところで、「ローマには他の地域教会もあったのではないか。他にあれば、それらの教会にも挨拶を送るはずではないか」ということも言われている。しかし、パウロの知らない教会がローマにあっても少しもおかしくないのではないか。他に教会があっても、パウロはその中の誰一人にも会ったこともないし、知っている関係ではないので、この挨拶の中では触れていないということも考えられる。ローマほどの大きな町であれば、他にも多くの集会所があったはずである。いろいろな場所で、日曜日には礼拝が行われていたと思われる。少なくとも、この挨拶を見れば、ローマには複数の地域教会があったことがわかる。

       他にも、もっと細かい話になるが、この中には広く知られている人の名が出て来る。11節の「ヘロデオン」はヘロデ王の親戚の一人だと言われている。「ナルキソ」については、彼本人に挨拶しているわけではなく、彼の家の人たちによろしくと言っているので、ナルキソ自身は死んでいるか、或いはクリスチャンでないのかも知れない。考古学者たちが見つけた昔の文献や資料などからナルキソの名が出て来ているので、恐らく彼は昔の貴族か有名な富豪だったのではないかと思われている。10節の「アリストブロ」も当時の有名人であったことが知られている。

       そういうわけで、当時のローマ帝国で社会的にもかなり高い地位にある人たちがこのリストの中に含まれている。パウロたちは投獄されるときに、弁明する中で王や貴族や権威ある人たちに福音を伝えており、その現場にいた王のしもべたちが救われたりしたことも知られている。カイザルの家にもクリスチャンになった人たちがいた。だから、私たちのような普通の人たちに対してだけでなく、ローマ帝国の中で権威ある地位にいる人たちにも福音が伝えられていたことがわかる。

       細かいことはこのぐらいにしておきたい。それというのも、この箇所を見るときに一番よく目立つことは、女性たちが熱心に働いていることであり、そして皆がパウロと同じように、福音を伝えることにおいて熱心であるということだと思う。そこまで熱心に御言葉を伝え、皆が一人一人神の御国の前進のために心と力を尽くして働いている姿をここに見ることができるのである。この福音に対する熱心のゆえに、初代教会はすさまじい成長を遂げたのである。このような箇所を見るとき、私たちも地域教会としてこの日本でその働きをするように導かれたと言ってよいのではないかと思うのである。ここに生まれ育って、ここで御国のために働くように召されているのである。この日本で福音の前進のために働くように導かれた私たちは、この日本の救いのために働き、熱心に福音を宣べ伝えるように励まされるのではないかと思う。このパウロの挨拶はそのようなものだということを深く思わされる。

       どうしたら「福音を伝えたい」という心を持つようになるのか。どうしたら「福音を伝えなければならない」という思いを持つようになるのか。私がここに立って「やりなさい。伝えなさい」といくら叫んでも、そこからは出て来ないものなのだ。私が叫んでも、罪意識こそ出て来るかも知れないが、福音を伝えたいという積極的な思いは生まれては来ない。人に言われたからというのでは、本当に伝えたい、伝えないではいられないという情熱は生まれては来ない。しかし、本当に伝えたい思いがあるなら、電車に乗って大勢の人を見るとき、周りにいるその人たちに直接福音を伝えることができないとしても、祈ることはできるはずだ。「主よ。どうかもっと福音を伝える機会を与えてください。この人たちに福音を聞く機会を与えてください。どうか神さま。この日本を救ってください」と、少なくともそのように祈ることはできると思う。本当はそのように祈らずにいられないはずなのだ。

       その福音を伝える心はどこから来るのかというと、「神が私を救ってくださった」という感謝から生まれてくるものなのだ。本当に自分が、主イエス・キリストの御恵みのみによって救われたことを覚え、神が自分の罪を赦してくださったことを感謝する心をもって神に礼拝をささげるなら、福音を他の人にも伝えたい思いが出て来ないはずはないのである。「私も福音の働きに加わりたい。福音の前進のために何か自分にできることをしたい」という心が起こって来るはずだと思う。

       聖餐式を受けるとき、私たちは神の御恵みのみによって救われたというところに戻って、感謝して主イエス・キリストのからだと血を表わす杯とパンをいただくのである。その感謝の心をもって今日からの一週間を過ごすのである。そして、良い行ないは、その感謝の心を表すものとして必然的なものである。そのように聖餐式は、私たちにキリストの救いの福音を伝えようとする心を与え、その心を励ますものだと言えよう。そのことを覚えて一緒に聖餐式を受けたいと思う。

     

    ――2002年8月4日――

     


    著 ラルフ・A・スミス師
    編集 塩光明長老
    著者へのコメント:shiomitsu@berith.com
     

    ローマ人への手紙15章22〜23節

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